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2010.06.09 (Wed)

mixiアプリができました

本日、一般公開されました!

マジロワ


『マジカル☆ろわいやる!』
http://mixi.jp/view_appli.pl?id=22414



島
ここは動く人形たちの住む、不思議な島。

貴方の魂は人形の中に閉じ込められてしまいました。
他のプレイヤーたちと戦い、勝利し、この島を脱出の方法を探し出しましょう。

酒場

こんな感じの中世ファンタジー風人形バトルゲームです。

人形をいじめたりいじめられたりするゲームです。
人形から宝石を盗んだりマジカルカードを奪ったりするゲームです。
敵はマイミク以外のすべてのプレイヤーだったりします。

ただいま絶賛βテスト中なので、是非さわってみてください。
感想を頂けたり友だちに紹介してくれたりしたらとてもハッピーです。


モバイルゲームなので携帯からのアクセスはこちらから!

QRコード


あ、ちなみにプレイするためにはmixiアカウントが必要です。
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09:16  |  起業録  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2010.05.16 (Sun)

ゲーム業界の未来

思考実験『ゲーム業界の未来』

ゲームの分類
1.娯楽、快楽、暇つぶし(創造)
2.人とのコミュニケーションとして(社会行動)
3.楽しめる訓練法として(大人が子供の為に生み出したもの、又は本能的なもの)

これがつまりはゲーム(スポーツ)の本質であり、全てです。
インベーダーやテトリスが創造され
マリオやストリートファイターでコミュニケーションが発展し
ゲーム世代の推移により大人のDSトレーニング等が産業として認知されてきました。

いま、ゲーム業界はコミュニケーションを排したものと
コミュニケーションに重点を置いたものの真っ二つに別れようとしています。
前者はコンシューマーゲーム
後者はソーシャルゲーム、ネットゲームです。

現在コンシューマーゲームは衰退期に入っています。
かと言ってなくなることはないでしょうが、ターゲットが細分化されニッチな分野で特化していくでしょう。
その上厄介な事に、インターネットの存在でパッケージと流通の存在が不要となってきています。
昔のコンシューマー並のゲームが無料で一瞬で手に入る時代なのです。
形にこだわるもの。高い品質を求めるものにはまだニーズがあるでしょう。
また、学ぶ要素と言った新しい価値観や、リアルコミュニケーション要素をもつものは成功しています。
しかし、ゲームの本質とはいわば『暇つぶし』です。
娯楽が様々な形で存在する現代において全ての『暇つぶし』を相手に商売するのは難しいと言わざる得ないでしょうね
ゲームとしてのリアルな質を追求したPS3
リアルコミュニケーションを追求したWii
どちらが勝利を収めるかは今更問うまでもないでしょうね。


対してソーシャルゲーム、ネットゲームはどうでしょうか?
人とのコミュニケーションのあり方は接触です。
ツールによって接触と会話が切り離され、現代においては遊戯も切り離されました。
それがソーシャルゲーム、ネットゲームです。
人とのコミュニケショーンという本質と暇つぶしの本質をもつ新しいゲームは
その強いバイラル要素と通信インフラを活用し爆発的に普及し始めています。
Wiiと同じく、いずれはコミュニケーションを本質においたゲームへと推移していくことは想像に難くありません。


ではソーシャルゲームやネットゲームはどのように未来を彩っていくのでしょうか?
ゲームとしての質を求める事は大切です。
ですが、本質は暇つぶしの出来るコミュニケーションです。
質を求めるのであればコンシューマーの方が断然質がいいわけですから。
そしてコミュニケーションには段階的なニーズがまばらに存在します。
大きく二つに分けるとすると・・・
知人や親しい人たちと遊びたいニーズ
誰でもいいから同じ趣味を持つ人と遊びたいニーズ
前者はソーシャルタイプ
後者はネットゲームタイプです。

現在ソーシャルゲームの中で多くのコンシューマータイプゲームとネットゲームタイプが存在します。
これらは一過性のニーズにすぎず、いずれコンシューマよりも早くコンシューマーと同じ道をたどるでしょう。
ネットゲームタイプは流通としてソーシャルネットワークを利用しているに過ぎないのですが
相性が良いので今後もそのクロスが流通において幅広く活用されて行くでしょう。
また、コンシューマーがネットゲームに喰われたように
携帯コンシューマーも、携帯ネットゲームに喰われるでしょう。

ですがやはりソーシャルネットワークにおいて最も理にかなった存在はソーシャルゲームでしょう。
親しい知人と遊んでこそ面白いゲーム。
難しいルールよりも誰でもすぐ分かるルールが重要です。
質は重要ではありません。
単純でも飽きがこないのは私たちが子供のころから知っている事です。
私たちはかくれんぼや鬼ごっこですら楽しかった子供時代を知っています。


さて、前途洋々なソーシャルゲームで、ネットゲームとのビジネスバトルを始めるとしましょうか。
18:43  |  思考  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.05.15 (Sat)

口蹄疫問題について

メディアリテラシーとは情報を選別する知性の事です。
メディアとは紙や新聞などの媒体です。
ここでいう媒体とは情報をもったコミュニケーション用プラットフォームの事を言います。


事実は常に人を通じて歪められた情報へと変わります。
それは新聞であっても、TVであっても、インターネットであっても同様です。


メディアリテラシーとは情報が『どこからでた情報なのか』を見極める力です
完全に見抜くことは不可能ですが、信憑性の低い情報に惑わされることは少なくなります。


さて、近頃口蹄疫問題でmixi内では『マイミクから』と言うお話が広まっているようです。


この『マイミク』は特定できるでしょうか?


この『マイミク』はどこから情報を得たのでしょうか?


情報をまき散らす者がいる時、そこには多くの利権が存在します。
マスコミが広告主に不利な情報を流せないように、情報をゆがめる何かが存在します。


私は小沢支持者ではありませんが(というか嫌いです)、
あまりに不確かな情報がそれを叩いている状況を不可解に思っています。
人の【正義感】を利用した怪しい情報のばら撒きに不快感を示します。


真に誠意からの情報発信ならば双方向コミュニケーションを試みるはずです。
件の情報発信者は何故それを行わず、何故悪の名だけを情報に連ねるのでしょうか?


情報には必ず何かが隠されています。
インターネットを利用する者は少なからずメディアリテラシーの高い人かとは思いますが
インターネットはそれを利用する事自体が非常に高いリテラシーを必要とします。
私は農業にも疫病にも政治にも疎いのでこの口蹄疫問題には何一つ確かなことは言えません。
故に、この問題に関わろうと思うひとはまず信頼できる専門家や情報源をあたりましょう。
でなければ噂というウィルスを知らず感染させる伝染媒体となってしまうかもしれませんよ。

貴方の【正義感】や【興味心】を何者かに利用されないように気をつけてください。

ちなみに私は疑り深いのでこんな話を拾ってきました。
「小沢の口蹄疫消毒薬横流し」と口コミの怖さ
http://togetter.com/li/20461
15:53  |  思考  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2010.04.09 (Fri)

人生とは壮大なRPGである

勇者がいる。
お姫様がいる。
魔法使いがいる。
武道家がいる。
悪人がいる。
神父がいる。
街の人たちがいる。

名前も無い、
話しかけられすらしない、
ふらふらと歩くだけの村人がいる。

動く事もできず、
話す事も出来ず、
ただ立ち尽くす番人がいる。

全てのキャラクターが自ら役割を選んだのだろうか?

やりたくもない脇役を選んだのだろうか?

それとも、選ばされたのだろうか?

誰だって、自分の人生ぐらい主役級を張りたいはずだ。

自らがやりたい役割ならばどんな努力も楽しんでやれることだろう。



俺は、働かされる人を演じたくなかった。
働かされる人を演じさせられるのは嫌で嫌でしょうがなかった。
自分がなりたい役割を自らで選びたかった。
『兵隊』よりも『傭兵』が良かった。
『メンバー』よりも『マスター』が良かった。
『雑兵』よりも『軍師』や『指揮官』が良かった。

そうあれるなら、そうしよう。


漫画で見た、痺れるような言葉を思い出す。
『ロビンフッドがいないなら、ロビンフッドになればいい』
by Black Lagoon ロック

自分の取り分なんざ食っていけさえすればどうでもいいんだ。
人生と言うゲームが名作となるのなら、
脇役だろうが社長だろうが最高の演技を見せよう。
そして幕が下りるまで演じきれたなら悔いはない。
最高の役割の中でなら、死んだって良い。

さぁ、人生という舞台はまだまだ続きます。
私の舞台はすこし盛り上がってきたところです。

貴方は誰を演じてますか?
15:18  |  ゲーム学  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.04.03 (Sat)

人の性格が変わる時

ゲームをやっていると人の性格が変わる瞬間を頻繁に目にする事ができる。
リアルよりもずっと自分の本性を晒しやすいからだ。

そもそも、性格とはどれだけ感情に流されやすいかを示すもの。
人は社会的になればなるほど感情に流されるわけにはいかなくなる。
しかし、悪いやり方では自分自身に大きな負荷をかけてしまう事になるだろう。
ここでは、ゲームでガキ扱いされない理想的な方法を考えてみよう。



「彼は怒りっぽい人だったが、社会に出てから驚くほど丸くなった。」
よくある話だが、そうなる可能性をいくつか考えてみよう。


①社会と言う抑圧に感情が抑えられた結果。
┗ストレスを抱え込んだり、怒りの感情をどこかで爆発させる恐れがある。
┗演技力、忍耐力の向上

②怒りと言う感情が消えてしまったのかもしれない。
┗相当なショックが彼の心を蝕んだのか、それとも怒りを忘れるほど幸せなのか・・・
┗心神喪失、盲目

③EQの向上。
┗客観視、感情制御、意志決定力の向上


おそらく大抵の人は子供のころから①を強要され、①を選ぶのが正しいと考えるだろう。
だが①が抱える問題は日本人全体の問題と同様、危険極まりない選択肢である。
ここはEQを向上させる方法を勧めたい。


EQの向上
その1 客観視

客観視とは自分自身の感情を外部からの影響から守ることにつながる。
主体的な目で見る世界と自分の感情は深くリンクする。
このリンクを一旦といてしまうのが客観視だ。
負けた→悔しい→悔しみをあらわにする
という主体的な感覚があったとしよう。
これを自分と言う第三者に置き換えて物事をみることでリンクをとく事ができる。
Frontierは負けた→Frontierは悔しいと感じたようだ→Frontierは悔しがっている

負けたの事実であるから変わらない。
その後悔しいと言う感情が、悔しいと感じたようだという客観的なものの見方をする事ができる。
最後に怒りだした事で結局同じ結果が待っているのだが、客観視と言う点ではこれで構わない。
次のステップへ行こう

その2 感情制御
感情制御とは感情から行動への流れを操作する事だ。
しかし、感情が大きい人ほどこれは難しく、またこれ単体では①とさほど変わらない。
そこで重要になるのが先ほどの客観視だ。
主体的な悔しい気持ちを押さえこむことは難しいが、
客観的な悔しい気持ちを違う方向へ向けることは意外とたやすい。
特にストーリー的な流れがあればほぼ受け入れる事ができるだろう。
Frontierは悔しくて怒りだした
Frontierは悔しくて泣きだした
Frontierは悔しすぎて逆に笑えてきた
このように反射的な感情の動きに客観視を通じて間を与え、
すっと他の方向へ流す事ができれば相当高いEQを手に入れる事ができる。

その3 意志決定
最も大事になのが意志決定力だ。
感情に流されるままでも構わない。
感情を操作し別の方向へ向けてもかまわない。
だが、最後に選ぶのは自分自身であると強く認識し、
感情ではなく自らの意志で決定を下すのが最後のEQである。
イライラするような事が起こった。
だが、本当に自分がイライラするかどうかは実は自分で選べるのだ。
この感覚を常に発揮するのはかなりの訓練が必要だと思う。
だが、その1とその2の流れを組めば、少なくとも感情を押さえつつ結果を選択できる事に気づくだろう。

負けた→悔しい→悔しがる
凡庸な人はこうであったとしよう。



EQを高めるとこう考える事ができる。
負けた→私は悔しいのだろうか?→私は悔しがる事を選ぶこともできるし選ばないこともできる。



もう一度考えてみよう
負けた→私は悔しいのだろうか?→負けた原因を探る事によって自分の弱点を減らす事ができる。→むしろ相手に感謝しよう



オチを考えてみよう
負けた→Frontierは死んだ。




いまいち。←客観視
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