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2010.04.09 (Fri)

人生とは壮大なRPGである

勇者がいる。
お姫様がいる。
魔法使いがいる。
武道家がいる。
悪人がいる。
神父がいる。
街の人たちがいる。

名前も無い、
話しかけられすらしない、
ふらふらと歩くだけの村人がいる。

動く事もできず、
話す事も出来ず、
ただ立ち尽くす番人がいる。

全てのキャラクターが自ら役割を選んだのだろうか?

やりたくもない脇役を選んだのだろうか?

それとも、選ばされたのだろうか?

誰だって、自分の人生ぐらい主役級を張りたいはずだ。

自らがやりたい役割ならばどんな努力も楽しんでやれることだろう。



俺は、働かされる人を演じたくなかった。
働かされる人を演じさせられるのは嫌で嫌でしょうがなかった。
自分がなりたい役割を自らで選びたかった。
『兵隊』よりも『傭兵』が良かった。
『メンバー』よりも『マスター』が良かった。
『雑兵』よりも『軍師』や『指揮官』が良かった。

そうあれるなら、そうしよう。


漫画で見た、痺れるような言葉を思い出す。
『ロビンフッドがいないなら、ロビンフッドになればいい』
by Black Lagoon ロック

自分の取り分なんざ食っていけさえすればどうでもいいんだ。
人生と言うゲームが名作となるのなら、
脇役だろうが社長だろうが最高の演技を見せよう。
そして幕が下りるまで演じきれたなら悔いはない。
最高の役割の中でなら、死んだって良い。

さぁ、人生という舞台はまだまだ続きます。
私の舞台はすこし盛り上がってきたところです。

貴方は誰を演じてますか?
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15:18  |  ゲーム学  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.04.03 (Sat)

人の性格が変わる時

ゲームをやっていると人の性格が変わる瞬間を頻繁に目にする事ができる。
リアルよりもずっと自分の本性を晒しやすいからだ。

そもそも、性格とはどれだけ感情に流されやすいかを示すもの。
人は社会的になればなるほど感情に流されるわけにはいかなくなる。
しかし、悪いやり方では自分自身に大きな負荷をかけてしまう事になるだろう。
ここでは、ゲームでガキ扱いされない理想的な方法を考えてみよう。



「彼は怒りっぽい人だったが、社会に出てから驚くほど丸くなった。」
よくある話だが、そうなる可能性をいくつか考えてみよう。


①社会と言う抑圧に感情が抑えられた結果。
┗ストレスを抱え込んだり、怒りの感情をどこかで爆発させる恐れがある。
┗演技力、忍耐力の向上

②怒りと言う感情が消えてしまったのかもしれない。
┗相当なショックが彼の心を蝕んだのか、それとも怒りを忘れるほど幸せなのか・・・
┗心神喪失、盲目

③EQの向上。
┗客観視、感情制御、意志決定力の向上


おそらく大抵の人は子供のころから①を強要され、①を選ぶのが正しいと考えるだろう。
だが①が抱える問題は日本人全体の問題と同様、危険極まりない選択肢である。
ここはEQを向上させる方法を勧めたい。


EQの向上
その1 客観視

客観視とは自分自身の感情を外部からの影響から守ることにつながる。
主体的な目で見る世界と自分の感情は深くリンクする。
このリンクを一旦といてしまうのが客観視だ。
負けた→悔しい→悔しみをあらわにする
という主体的な感覚があったとしよう。
これを自分と言う第三者に置き換えて物事をみることでリンクをとく事ができる。
Frontierは負けた→Frontierは悔しいと感じたようだ→Frontierは悔しがっている

負けたの事実であるから変わらない。
その後悔しいと言う感情が、悔しいと感じたようだという客観的なものの見方をする事ができる。
最後に怒りだした事で結局同じ結果が待っているのだが、客観視と言う点ではこれで構わない。
次のステップへ行こう

その2 感情制御
感情制御とは感情から行動への流れを操作する事だ。
しかし、感情が大きい人ほどこれは難しく、またこれ単体では①とさほど変わらない。
そこで重要になるのが先ほどの客観視だ。
主体的な悔しい気持ちを押さえこむことは難しいが、
客観的な悔しい気持ちを違う方向へ向けることは意外とたやすい。
特にストーリー的な流れがあればほぼ受け入れる事ができるだろう。
Frontierは悔しくて怒りだした
Frontierは悔しくて泣きだした
Frontierは悔しすぎて逆に笑えてきた
このように反射的な感情の動きに客観視を通じて間を与え、
すっと他の方向へ流す事ができれば相当高いEQを手に入れる事ができる。

その3 意志決定
最も大事になのが意志決定力だ。
感情に流されるままでも構わない。
感情を操作し別の方向へ向けてもかまわない。
だが、最後に選ぶのは自分自身であると強く認識し、
感情ではなく自らの意志で決定を下すのが最後のEQである。
イライラするような事が起こった。
だが、本当に自分がイライラするかどうかは実は自分で選べるのだ。
この感覚を常に発揮するのはかなりの訓練が必要だと思う。
だが、その1とその2の流れを組めば、少なくとも感情を押さえつつ結果を選択できる事に気づくだろう。

負けた→悔しい→悔しがる
凡庸な人はこうであったとしよう。



EQを高めるとこう考える事ができる。
負けた→私は悔しいのだろうか?→私は悔しがる事を選ぶこともできるし選ばないこともできる。



もう一度考えてみよう
負けた→私は悔しいのだろうか?→負けた原因を探る事によって自分の弱点を減らす事ができる。→むしろ相手に感謝しよう



オチを考えてみよう
負けた→Frontierは死んだ。




いまいち。←客観視
10:21  |  ゲーム学  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.26 (Fri)

AoMから学んだこと~マニュアル、タイムテーブル、仕組み化~

 AoMで他者と対戦する場合、最初の5分は互いの介入がほとんどなく、自分のペースで内政を作り上げることができる。
その5分で何をしようかと全て1から考えながら操作した場合、確実に負ける事になる。

なぜか?

 他者の介入がない時、それはゲーム中に『考える』必要がなくなるからだ。
上級者は常に『考える』時間を少なくしようとする。
ゲームの始まる前に、『考えておく』事でその時間を短縮し、最良の結果を出す。
これができない場合、その人は所謂スロウスターターとなり、
その遅れが以後全ての戦いにおいて影響を与えてしまう。

 ある程度のマニュアルを持って一定量の操作や自身を機械化する事で、
その後に待つ戦闘や駆け引きにおいて自分の思考を使う事が出来るのだ。

 マニュアルにはいろんな形があり、経験から培ったものや他者のやり方をトレースしたもの、
または文章やタイムテーブルにまとめたもの、フローチャート化したものなどがある。
 できるだけ多くのマニュアルを自分の中に内包する事で
(それは記憶でも良いが記録の方が他者に伝えやすくなる。)
多くの局面で自己の判断を要さずに行動を行えるようになる。
 そうなればしめたもので、○○をやりながら次の一手を考えたり、
相手の思考を読んだり、相手の思考を操作したりする余裕が出てくる。

 強者は考えない。
 できる限り考えない。
 考えないで済むところは記録やマニュアルにすべて頼る。
 そうして、本当に必要なところを考え続けるのだ。

 例えば、より良い成果を上げるため、より効率よく、より時間を短縮する為にマニュアルを精錬させるために頭を使う。

 実社会においても、すでに決められた流れ作業をどれだけ効率良くできるか、どれだけ多くの人間にそれをわかりやすく説明できるか。
そういった事を考えながら毎日を過ごしていればどうだろうか?
 自分の行動を機械化させれば、その間思考は次のケースへと移すことができる。
時間を無駄に使わず、次へ、次へ、次へ。

考える力と時間には、そうするだけの価値があるものだと私は思う。
20:00  |  ゲーム学  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.24 (Wed)

MMOゲームの企画

なにもMMOゲームを作ろうって話ではありません。

ゲーム内の遊びにおいても、
それがMMO等のネットワークゲームなら企画が実践できるというお話です。

美世界というMMORPG。
この世界ではギルドという組織を自由に作り、領土戦と言うギルド間戦争のコンテンツがありました。
そのコンテンツを戦争に参加する一兵として参加している際、私の感想はいつも
ぬるい・・・

もっとストイックに、もっと強く、もっと戦略的に楽しめるはず。
戦争は面白いのに、ゲーム内の1コンテンツとして軽く捉えるユーザーが多く、
逆に対戦が大好物な私には非常に物足りなく感じていました。

この物足りなさが「ウォンツ」です。
ユーザー視点からの、ユーザーが求めるもの
ビジネスやサービスの種です。
ちなみに無いと困るものがニーズです。
(対人目的でゲームをしてる私にとってはほぼニーズでした。)

ずはこのニーズを埋めるサービス(ギルド)が他にないかを探します。
領土戦をメインコンテンツとして捉えるギルドはありましたが、
領土戦における対戦自体をメインコンテンツとして捉えるギルドはありませんでした。

これが「ニッチ
代わりになるものはあるけれど、
ミクロな専門性を持たすことでその種の人を寄せ付ける隙間です。

なんかそれっぽくいうと
ネットワークゲームの1コンテンツにおける利用ユーザーへの
潜在的ニッチなニーズに向けた新サービスの提案です!

で、無いので自分で作る事にしました。
これが企画のスタートです。
戦争特化ギルドに必要な条件は以下の通りです。
1・戦争の機会を提供する事
2・戦争を楽しめる仕組みを作る事
3・戦争好きな人を集め、それ以外は排除する事

意外と簡単ですね。
物事はシンプルなほどいいと今も昔もえらい人が言ってます。

必要な理由は上から順に
1・戦争が無いと戦争好きはきません。
2・面白い戦争じゃないとニーズが満たせません。
3・戦争好きな人だけなら訓練とか提案とか自主的にやるので勝手に強くなります。

プライオリティも1から順になってます。

条件を整えましょう。

1が割と難関です。
ちまちま人を集めていたんじゃ、戦争好きは戦争するまで時間がかかるので来ないのです。

そうするともっともベストなのは
・既に領土戦を体験した事があり
・やむを得ずギルドを抜けた人間が
・大量にいれば良い。

既存ギルドとの合併も手ですが、
自分たちの色を残したがる人間は新しい組織を作る上で障害にしかなりません。
チャンスを待ちながら準備しておくのが良いですね。

と言う事を考えていたら大規模ギルドが解散しました。
なんでも合併の領土ギルドを探してるようです。
アンテナを張ってチャンスを待ってた私は2秒とたたず交渉を開始しました。

交渉OKです、と。

そして、実際にギルド運営が始まるわけです。
基盤さえ整っていれば、少ないながらもウォンツのあるギルドなわけですから
勝手にこちらの求める人種が寄ってくるのに時間はかかりませんでした。
何せギルド全員対人好き、領土戦好きなので、弱いわけがありません。
基本的に相手の方が多い戦争ばかりだったのに勝率は非常に高かったのがその証明でしょう。
どんどん急成長をして大変楽しい思い出になりました。

目的がはっきりしていて
ニーズウォンツがあって
戦略的な基盤を考えて
営業して実際に整えて
あとはわりと適当でも企画は成功するんですよ。
と言うお話でした。

ゲームでもリアルでもね。
02:03  |  ゲーム学  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.19 (Fri)

大切な事はゲームから学んだ~PerfectWorld:ギルドの場合~

*この記事は、Frontierが過去mixiで書いた文章を一部加筆修正したものです。


 PefectWorld-完美世界(以下PW)は多人数参加型のMMORPGだ。
このMMOというジャンルが大勢のネットゲーマーを魅了する最大の理由は他人とのコミュニケーションにある。
自分と同じファンタジーの世界に参加しているプレイヤーが何千、何万と存在するのだ。
 私はその中で初期の段階から常にギルドマスターとしてプレイしてきた。
ギルドマスターとはギルド(組合)のTOPに立ち、メンバーたちをまとめるリーダーのことだ。

 
 理由は単純で、ただ自分で自分がやりたい事をやりたかったからだ。
一時期はもともとあった組織の中で参加していたが、その方向性ややっている事は私の目的とは外れていた。
もともとある組織を改革するのはともすれば反目に近いものがあるし、難しい。
かといって自分を変えたり我慢する事が嫌いだったため、作り上げるしかなかった。


 PWでギルドを作った最初の目的はもともと付き合いの長かったメンバー達と共有する時間を高めたかったからで、
2番目の目的は対人戦、それも領土戦という集団戦に参加することだった。
非常に長い時間をかけてその目的は両方を達成する事ができたが、
その中で学んだ事の一つがリーダーとしての役割だ。

それは以下の7つにまとめられる。


1.リーダーは目的、指標、夢、どれかを持ち続けなくてはならない
2.リーダーはなにもかもとりまとめる必要はない
3.リーダーは誰よりも優れている必要はない
4.リーダーはサポーターである必要がある
5.リーダーは良く判断し、決定を下さなくてはならない
6.リーダーは時として厳しくなくてはならない
7.リーダーは常にそこにいなくてはならないわけではない



 集団を作り上げる際に最も必要なのは1番だ。
多くの人はリーダーについてくるのではなく、リーダーのもつ目的に共感しついてくる。
目的さえはっきりしていれば2番の通り、リーダーがいないときでもメンバーはその目的に沿った行動が自律的に行える。
また、3番にあるとおり優秀である必要はない。全てにおいての専門家になるのは非常に難しいが、専門家を適所にあててチームを優れたものにするのは意外と簡単だ。

 リーダーは自分自身が目的を達成するために自己利益だけを追求してはいけない。
4番のようにサポートに回り、ついてくるメンバーの目的を達成させて初めて自分の目的が達成できることを知っていなくてはならない。
集団戦を基盤とする領土戦では特にそうだ。自分がいくら強くとも、仲間が強くなくては勝利することはできない。
逆に自分がどれだけ弱くとも、仲間さえ強ければ勝利を手にする事は出来る。

 一貫したギルドには必ず否定的な意見、反目する者、または悪気はなくとも目的と外れた方向へ向かう事がある。
それを何としても食い止め修正しなければならない。そうでなければ集団が機能しなくなってしまう。
その時に必要なのが5番6番だ。
より良い方向へ進めたければ多くの人間の意見を聞き、最終的には全ての責任を持って決定を下し、時として厳しくなければならない。

 集団が大きくなればリーダーは2番と7番が特に大切になってくる。
なぜならだんだんと自分の仕事を減らしていかなくてはならないからだ。
大きくなるごとに自分の仕事を増やしていけば必ずそこに限界点が存在する。
できる限り仕事や責任を分散させていき、大きくなるほどに楽になるようにしていけば、
いずれリーダーがいなくともその集団は機能していくようになる。その状態こそが優れた組織と言える。

 最終的にマスターを務めていたギルド紅炎は、私が引退すると同時に解散するしかなかった。
後を任せれるだけの人はいなかったし、ゲームとして任せられる仕事量でもなかった。
これは指揮や作戦、主な計画の発案、決定のほとんどを最後まで自分でやってきたことが原因だ。
そのため、この紅炎の強さは私自身のモチベーションによって強さが大きく変わっていたし、
要所の仕事をマスターが独占して行っていたために代わりがおらず、不在時は明らかに弱体化していた。

 たしかに紅炎は一時最強であったし、今でもその強さは既存ギルドとは一線を画していた自信がある。
それほどまでに紅炎で共にゲームをした人たちは個性的で情熱的で、魅力的な人たちだった。

だが、組織として未熟であったのは明らかだ。
あの頃リーダーとして必要だと思っていた行動は、実はその組織の癌である事に気付いたのはそれが崩壊してからだった。
なんでも自分でやろうとする事は、いずれ組織を潰す最大の要因になってしまう。

 リーダーは最初は一番早く前にでて、常に前を向いていなくてはならない。一緒にやろうと声をかけていく努力が必要だ。
だが、ずっと一番前で出しゃばってはいけなかったのだ。
ただ、同じ方向を皆が見れるように指をさしてやればいいだけだった。
自分で作り上げた紅炎が自分の決定で解散したことに後悔はないが、
それでもなくなってしまうのは少しもったいなかったと思う。

 PWは面白かったし、ゲームでありながらそこでの経験で多くの事を学ぶ事が出来た。
例えば、リーダーシップの考え方と、前に出る勇気だけで大きな達成感を得る事ができるのだという事を。
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